フィリップ (神聖ローマ皇帝)

Tuesday, October 27, 2009 Posted by Someone

フィリップ(Philipp von Schwaben, 1178年 - 1208年6月21日)は、ホーエンシュタウフェン朝の神聖ローマ皇帝(正確にはドイツ王、在位:1198年 - 1208年)。神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世と2番目の妃ベアトリクスの末子。

当初は聖職にあり、ヴュルツブルク司教となっていたが、1191年頃還俗して、兄のシチリア遠征に従った。1196年にシュヴァーベン公になり、1197年に東ローマ皇帝イサキオス2世アンゲロスの娘でシチリア王ルッジェーロ3世妃だったイレーネー・アンゲリナと結婚した。

1197年、兄ハインリヒ6世が死去すると、幼少の甥フリードリヒ2世の後見者となったが、ヴェルフ家のオットー4世が帝位を主張し、ローマ教皇もこれを支持したため、幼いフリードリヒ2世では対抗できないと見たホーエンシュタウフェン家派の諸侯は、1198年にフィリップをドイツ王に推戴した。

その後、教皇インノケンティウス3世が推すオットー4世とフランス王フィリップ2世の支持を受けたフィリップの抗争は続いたが、1204年頃から形勢はフィリップに有利になり、1207年には抗争は終結に向かっていた。しかし1208年に、フィリップは娘の結婚問題からバイエルンの宮中伯オットーに殺害された。このため、神聖ローマ皇帝にはオットー4世が就くことになった。

なお、1201年頃に義弟にあたる東ローマ帝国の亡命皇子アレクシオス(アレクシオス4世アンゲロス)がフィリップの元に滞在していたが、同時期に第4回十字軍の指導者だったモンフェラート侯ボニファチオがフィリップを訪れており、この時にコンスタンティノープル攻撃が計画されたと推定されている。

フィリップ・アベルソン

Tuesday, October 27, 2009 Posted by Someone

フィリップ・ホーグ・アベルソン(Philip Hauge Abelson, 1913年4月27日 - 2004年8月1日) はアメリカの物理学者、後にサイエンス・ライターになった。1940年にエドウィン・マクミランとともにネプツニウムの発見者の一人となった。

タコマに生れた。ワシントン州立大学で物理を学んだ後、カリフォルニア大学で核物理学の学位をえた。原子物理の分野でルイ・アルヴァレなどと共同研究した。 第2次世界大戦中は海軍技術研究所で働いた。マンハッタン計画自体には公式には参加していないがアベルソンの開発した拡散分離法は原子爆弾の開発にとって重要な技術となった。

戦後も原子力動力の艦船の研究を行いアメリカ初の原子力潜水艦「ノーチラス」の開発に貢献した。1951年から, カーネギー地球物理学研究所に移った。1962年から米国科学振興協会(American Association for the Advancement of Science :AAAS)の発行する雑誌「サイエンス」の編集を行った。